【まとめ】「急性硬膜外血腫・脳挫傷」で回復するまでの体験記!

どうも!いっくんです!(@ikkun_blog

こちらは「急性硬膜外血腫・脳挫傷」の体験記のまとめです。

 

私はかつて交通事故に遭って手術受けました!

そこから回復するまでの流れを時系列でまとめてますよ。

 

同じような経験をされている方の励みになれると嬉しいです!

 

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「急性硬膜外血腫・脳挫傷」の体験記まとめ!

私は中学1年生の時に自転車で事故に遭いました。

その時には「急性硬膜外血腫・脳挫傷」になって死にかけましたよ。

 

当時「陸上競技」を始めていた私は、真逆の生活へと転落します!

 

手術後は2年間のリハビリ生活をすることになって、毎日が最悪でした。

「事故にさえ遭ってなければ・・・」って思わない日はありませんでしたね。

 

もう手術からは10年以上経っていますけど。事故の記憶は今も鮮明に残っています。

 

ちなみに「手術後の苦痛」は時間と共に風化はするけど。

当時の苦しかった体験が、今の自分を作ってるのは間違いないです。

 

だから今では「事故の経験もアリだな」って感じますよ。

まあ生きてればマイナスの経験もプラスに感じる日が来るってことです!

 

「急性硬膜外血腫・脳挫傷」になったばかりの方や、そのご家族の参考になれば嬉しいです。

 

1.事故に遭って救急車で搬送されるまで!

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出典:https://www.kango-roo.com/sn/a/view/1343

中学1年のある日「自転車」で事故に遭った!

私が「急性硬膜外血腫・脳挫傷」になったのは、自転車事故が原因でした。

 

事故が起きたのは地元でも有名な「V字の急坂」です。

私は自転車に乗っていて、相手も同じく自転車での衝突事故でしたよ。

 

坂の上から全速力で走ってくる相手に突撃された感じです!

 

頭から地面に落下した!

衝突した次の瞬間には、コンクリートの地面に思い切り頭をぶつけていました。

衝撃は凄かったけど、あまり痛みは感じませんでしたね。

 

さらに最初は意識もハッキリしてて、周りに集まった人達と普通に会話もしてました。

でも段々と目が回るようになってきて、救急車が来るころには意識を失いました。

【急性硬膜外血腫・脳挫傷:1】事故に遭って救急車で搬送されるまで!

2015.12.29

 

2.手術後に目覚めてからの「恐怖と混乱」?!

意識を失っている間に手術されていた

私が意識を失って、すぐに救急車が到着したそうです!

 

救急車で搬送してる間に「昏睡状態」になったらしく・・・

病院に到着してすぐ検査をして「急性硬膜外血腫・脳挫傷」と診断されたそうです。

 

両親は執刀医から「息子さんは助からないかもしれません」って言われたらしいですよ。

そして緊急で「開頭手術」を受けることになりました!

 

目覚めた時は「手術室からICU」に移動中だった!

私目線で言うと、意識が戻った時には病院のベッドの上で、既に手術も済んでいました!

 

事故の後に目覚めた時は「身体の異変」が凄まじかったのを覚えてます。

「視力の異常、めまい、吐き気、痛み・・・」などなど。

何がどうなってるのか分からなくて怖いし、ホントに混乱しました。

 

私が死にそうだったので、遠いところから「親戚」も集まってくれてました笑

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【急性硬膜外血腫・脳挫傷:2】手術後に目覚めてからの「恐怖と混乱」?!

2015.12.30

 

3.手術後3日目までは「寝たきり状態」?!

ICUから一般病棟に移った!

手術を受けてから2日~3日目は「寝たきり状態」でした!

 

ICUから小児病棟の個室に移りましたけど・・・

手術をして2日しか経ってないので、この時点ではまったく回復してません笑

 

身体の異常について「担当医」に質問するタイミングがありましたけど

この時点では回復するかどうかハッキリ分かりませんでした!

 

寝たきり生活を体験

この時点では目も見えないし、常に目が回ってる感覚に襲われてましたよ。

首を動かすと反射的に「吐く」状態でしたね笑

 

事故と手術のダメージで1人じゃ何もできなくて、寝たきり生活を体験しました!

身の回りの事はすべて看護師さん任せでしたよ。

 

【急性硬膜外血腫・脳挫傷:3】手術後3日目までは「寝たきり状態」?!

 

4.ベッドの角度を斜めにするだけで吐く?!

目が見えるようになってきた!

手術を受けてから4日~5日目には、大きく変化していきます。

 

手術後は視界がぼやけて目は見えませんでしたけど・・・

4日目の朝起きてみると、少しずつモノの輪郭が見えるようになってたんです!

 

昼寝して起きる度に、どんどんはっきりと見えるようになりましたね。

 

「ベッドを斜めに起こす」リハビリに挑戦!

そして身体を起こす練習が始まりました!

といっても自力で起き上がるのはムリなので、まずはベッドを斜めに起こす感じでした。

 

何もしてなくてもめまいが酷い時期だったので、予想通り吐きまくることになります笑

 

【急性硬膜外血腫・脳挫傷:4】ベッドの角度を斜めにするだけで吐く?!

 

5.リハビリ中に「担当医」が異常に気付く?!

「上半身を起こすリハビリ」がスタート!

手術を受けてから6日~7日目には「上半身を起こすリハビリ」が始まりました。

医師と看護師がいる前で、手すりを握って身体を起こしていきます。

 

でも起き上がろうとすると・・・

身体全体を押し戻されるような不思議な感覚を味わいました!

 

新たな異常が発覚する?!

さらに担当医は、無意識に私の身体が「右側」に傾くことに気付きました。

これまではベッドに横になっていて分からなかったんですけどね。

 

リハビリを開始したことで「脳の異常」が発覚したワケです。

それが結構ヘビーで、私はかなりショックを受けることになります!

 

【急性硬膜外血腫・脳挫傷:5】リハビリ中に「担当医」が異常に気付く?!

 

6.「立つ・歩く」リハビリは地獄だった?!

「立つ・歩く」リハビリが開始!

手術を受けてから8日~9日目には「立つ・歩く」といったリハビリがスタートしました。

 

まだ身体を起こすのでさえおぼつかない状態なのに・・・

医師から「そろそろ立ち上がってみようか?」って言われたのには驚きましたよ笑

 

「いやムリでしょ!」って思ったけど、言われるがまま挑戦することに!

 

補助付きで立ち上がって、少しだけ歩いてみた!

看護師に抱きかかえてもらう感じで、なんとか立ち上がることに成功しました。

でも頭はクラクラするし、予想通り体は右側に傾いていきます!

 

そして医師からの指示によって・・・

病室の中を「生まれたての子ヤギ」みたいにグラグラしながら歩いてみました笑

 

【急性硬膜外血腫・脳挫傷:6】「立つ・歩く」リハビリは地獄だった?!

 

7.「松葉杖」で自力での歩行が可能に?!

「松葉杖」を使って自力で歩けるようになった!

手術を受けてから10日~19日目には「歩行訓練」が本格的にスタートします!

 

狂った平衡感覚をサポートするために「松葉杖」を使い始めました。

杖のおかげで自力で歩けるようになりました!

 

リハビリ室にも通い始めて「ストレッチと歩行訓練」をメインで行ってました。

 

各診療科を受診してみた!

この頃には病院内の各診療科を受診しましたよ!

 

手術の後からずっと気になっていた身体の異常があったのでね。

「視力、聴力、平衡感覚」といった機能検査をしたりしました!

 

【急性硬膜外血腫・脳挫傷:7】「松葉杖」で自力での歩行が可能に?!

 

8.ついに退院する事に!

「平衡感覚」は狂ったままだけど、退院することに!

手術を受けてから20日~退院するまでの中では、精神的な葛藤がありました!

いざ退院が現実に近付くと、不安な気持ちも強くなってたんですよ。

 

松葉杖をついて歩くのには慣れてきてるけど・・・

「平衡感覚が狂ったまま退院して、ホントに大丈夫なのか?」とかね!

 

完全に治ってないのに退院することに対して「期待7:不安3」って感じでしたよ。

 

ちょうど入院1カ月で退院する事に!

30日間の入院生活を経て、なんとか退院しました!

 

家に帰ることで緊張の糸が切れた事もあって・・・

精神的に不安定になっていきましたよ笑

 

体調がよくなるかどうか凄く不安だったし、1日中あれこれ悩み苦しんでました。

まだ学校にも通えないし、そのうち通い始めるのを考えてもしんどいしって感じでね。

 

【急性硬膜外血腫・脳挫傷⑧】ついに退院する事に!

 

9.退院後のリハビリ生活で完治?!

リハビリは孤独に1人でやっていた!

平衡感覚は狂ったままだったので、最初は松葉杖をついてひたすら歩行練習をしてました。

 

当時のうちの庭は、一周ぐるっと回れる造りになってたのでね

庭をずーっとウロウロ歩いてみたり。

 

慣れてきた頃には、家の前の道路を往復したり・・・

お爺ちゃんみたいにふらふらしながら、ひたすら歩き回ってました笑

 

孤独で恥ずかしかったけど、その時にできる「最大限のリハビリ」は歩くことでした。

 

リハビリを継続して、中学3年には回復!

リハビリは全然スムーズにはいかなかったです。

 

リハビリを頑張ると、その反動で体調が悪くなるから「一進一退」。

こんな感じで、毎日モヤモヤしながらも継続していきました笑

 

でも着実に良くなっていって、中学3年生の夏には走ったり軽いスポーツができるようになりました!

「身体の傾き」がほぼ完治したのもこの頃ですね。

 

それからは後遺症は「右耳の難聴」ぐらいかな?って感じになりました!

 

【急性硬膜外血腫・脳挫傷⑨】退院後のリハビリ生活で完治?!

 

10.高校はコンプレックスから、身体を鍛えまくった!

高校入学後は、異常に身体を鍛えはじめた!

高校に入学してからは、自分の身体を鍛えることに命を懸けてました

 

周りの友達が「カラオケやゲーセン」に行きだかる中でも・・・

「ランニング」や「筋トレ」をやりたいと思う人でした笑

 

自分で作った「メニュー」をこなすのを徹底してましたよ!

当時の私は「鍛えないとダメだ!」っていう強迫観念に動かされてたんです。

 

 高校2年生の持久走大会では「学年4位」に!

中学からの地道な努力を重ねていった結果・・・

ちゃんと形として、その成果が現れてきました。

 

高校2年の時には持久走大会で学年4位になったのでね。

 

中学3年の時点でまっすぐ歩けなかったのを考慮すれば、けっこー凄いと思ってます笑

「地味なリハビリ」を重ねて、やっと努力が報われた感じがしました!

 

その頃から身体へのコンプレックスは少しずつ消えていきましたよ!

 

脳挫傷によるコンプレックスで「身体を鍛えまくった」時期があった!

 

いっくんのまとめ

今回は「急性硬膜外血腫・脳挫傷」の体験記のまとめでした。

 

私は事故に遭った当時は「健康な身体に戻れない」と思って、自暴自棄になりかけました。

人間不信にもなったしね。

 

でも諦めずにリハビリを重ねたことで、その後は人並み以上の体力を手に入れました!

 

「失った時間はデカい」し「余計な苦痛」を味わった自覚もあるからこそ・・・

生きてるうちに「何でもチャレンジしたい」と思うようになりました。

 

社会人になってからは「日本全国一周」をやったぐらいにアクティブです。

 

世の中には、私と似たような境遇の人もたくさんいるはずです!

苦しんでる本人や家族の参考になればと思ってこの記事を書きました。

 

少しでも役に立ったら嬉しいです!

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