【急性硬膜外血腫・脳挫傷⑨】退院後のリハビリ生活で完治?!

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どうも!いっくんです!

「急性硬膜外血腫・脳挫傷」で、退院してからのリハビリ生活について。

入院中には早く退院したがってた私ですが・・・

実際に退院してみたら「メンタルが不安定」になったりしました笑

「学校への復帰」や「地味なリハビリ生活」はけっこーしんどいものでしたよ!

孤独なリハビリを経て、完治へと進んでいきました。

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「退院後のリハビリ生活」について!

退院後は、しばらくずっと家にいた!

交通事故に遭って「急性硬膜外血腫・脳挫傷の手術」をして退院した後の話です。

中学1年生だった私はとにかく退院したがってたんですけど。

実際に退院して自宅にいると、メンタルが不安定になりました笑

日常生活がまだちゃんと送れない状況だったので。

しばらくはずっと家の中に居ましたよ。

良くなるかどうか分からない環境の中で、悶々と過ごす日々でした・・・

学校に復帰したのは「退院から3か月後」!

退院してからは、近いうちに学校に復帰しなきゃいけませんでした。

でも当時の心境としては「今の状態じゃ戻りたくない」って感じでしたね!

みんなから好奇な目で見られるのが分かってたし。

1度行かない期間ができると、行くのが億劫になるんですよね。

「登校拒否」になる学生の気持ちが、この時にめっちゃ分かりました!

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もうホント、痛いぐらいにね笑

でもずっと行かないワケにも行かないのでね。

3か月後には意を決して戻りましたよ笑

今当時を振り返ってみると・・・

あの葛藤してた時に、ムリして行っといてよかったと思ってます。

あのタイミングで戻らなかったら、マジで社会生活に復帰できなかったかも

リハビリは孤独に1人でやっていた!

「小脳のダメージ」のせいで、平衡感覚が狂ったままだったので・・・

最初は「松葉杖」をついてずっと歩行練習してましたよ。

当時のうちの庭は、一周ぐるっと回れる造りになってたのでね

庭をずーっとウロウロ歩いてみたり。

慣れてきた頃には、家のすぐ前の道路を往復したり。

お爺ちゃんみたいにふらふらしながら、ひたすら歩き回ってました笑

めちゃくちゃ孤独だし、人の目があるので恥ずかしかったですけど。

その時にできる「最大限のリハビリ」は、歩くことだけでした。

悔しさと、事故の後悔に押し潰されそうになる

私は交通事故に遭って、「急性硬膜外血腫・脳挫傷」になりましたけど。

被害者側としての「苛立ちや憤り」が高まったのは・・・

退院後から身体が回復するまでの間でしたね。

なんせ時間は持て余していたのでね・・・

考える事はマジでろくでもないことばかりでしたよ笑

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「あの時に事故に遭わなければ、今頃普通に学校に通ってたのに」

「あいつ(加害者)のせいで、俺がこんな目に・・・!」

って感じでね。

「困った時には誰も助けてくれない」と悟った

とにかく「ネガティブな思考展開」に陥っていたので・・・

そこから立ち直るまでの間は、かなりツラかった記憶があります。

まあ所詮は「中学生のメンタル」だったので笑

今思えば、実物以上に物事を深刻にとらえてたし。

「一人で余計に苦しんでた」って感じも否めません。

でも子供ながらに「誰も助けてくれない」って事だけは強く実感してましたね。

もちろん表面的な「言葉掛け」ぐらいはたくさんありましたけどね。

みんなホントにぺらぺらなんですよ笑

「時間と労力」を割いて、本気で向き合ってくれる人は当時いませんでした。

それが悲しくて悔しくて、人間不信にもなったし。

負の連鎖は途中で断ち切った!

自分がいくら落ち込み続けても、いつまで経っても誰も助けてはくれないので・・・笑

そしてある日「このままだと、一生この無限ループだな」って気付いて。

その悪循環から、どうにか抜け出しました。

この経験をきっかけに・・・

私は「いざという時、困ってる人を助けられる人間になろう」と思いましたね。

「平衡感覚の悪さ」をコントロールできるようになった!

退院してからずっとリハビリを重ねても・・・

小脳のダメージから、身体が右側に持っていかれる状態が続きました。

「片足立ちなんてやったら、一瞬で右側に倒れ込む」状況です。

歩く時は意識して左側に身体を傾けて、それでやっとまっすぐ歩けてるみたいな笑

でもそれを何か月も続けるうちに、その状況が段々と普通になってきました。

ふと「意識が無意識に変わる瞬間」みたいなのがあって。

ちょっとずつ運動の幅も広がっていきましたね!

「ボールを投げたり、小走りしてみたり」って感じでね。

いずれにしても中学1~3年生まで、ヒマさえあったらバカみたいに歩行してました笑

リハビリを継続して、中学3年の頃には回復!

私はどんなにしんどくても、少しでも良くなることを期待してました。

でも全然スムーズにはいかなくて。

リハビリを頑張ると、その反動で体調が悪くなるから「一進一退」でした。

こんな感じで、毎日モヤモヤしながらも継続していきました笑

でも着実に良くはなってて・・・

中学3年生の夏には、走ったり軽いスポーツをできるようになりました!

「身体の傾き」がほぼ完治したのもこの頃ですね。

それからは後遺症は「右耳の難聴」ぐらいかな?って感じになりました。

ちなみに高校に上がる頃には、コンプレックスから身体を鍛えまくってましたよ!

いっくんのまとめ

今回は急性硬膜外血腫・脳挫傷になって、退院してからの経過でした!

私は事故に遭ってからちょうど1カ月で退院しましたが。

そこからはスムーズに社会生活に戻れたわけではありませんでした。

まだ中学生だったのもあって、メンタル的にはけっこー追い込まれたし。

周りの友達の成長を見るたびに、焦りや後悔、色んな感情を抱いていました。

まあリハビリを繰り返して、普通に日常生活ができるまで回復したので。

今となっては「貴重な人生経験をしたな」って本気で思ってます笑

【まとめ】「急性硬膜外血腫・脳挫傷」で回復するまでの体験記!
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